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国交省「検討会」報告書についての見解

NPO日住協の見解

国交省がマンション標準管理規約の改正を意図して平成24年1月に設けた「マンションの新たな管理ルールに関する検討会」は、今年3月、11回にわたる検討会の結論として、報告書を公表しました。この報告書に関して、各方面から、見解、意見、批判などが発表されていますが、日住協では、6月27日に理事会を開き、報告書の内容について議論した結果をまとめました。国交省は、報告書に基づき、パブリックコメントを実施するとしていますが、当初、5月連休明けとした実施が大幅に遅れています。こうした状況の下で、パブコメをにらんだ見解を、この時点で取りまとめ、日住協の見解として公表します。

平成27年7月6日
特定非営利活動法人 日本住宅管理組合協議会


二年半にわたる異例の「休会」をつづけていた「マンションの新たな管理ルールに関する検討会」が、この二月と三月に会議を開き報告書を確認した。これにもとづいて標準管理規約の改正案とパブリックコメントが出される。提示された項目は十四に及ぶが、その内容の大きな柱は、一つは「外部専門家の活用」であり、もう一つは「コミュニティ規定の削除」である。また、それ以外の項目にも見逃せない重要な問題点があるので、それらにもふれながら、NPO日住協としての見解をのべたい。

Ⅰ 不透明な経過~本来は撤回がスジ

今回の検討会と報告書の最大の問題は、この数十年にわたって区分所有者が確立してきた理事会・理事長方式に変更を加えようとしていることである。管理組合が理事会をつくり、それを基本としてマンションの運営・管理をおこなう現行の理事会・理事長方式は、わが国の実情に合い、区分所有者の意思を適切に反映できる民主的運営方法として、この数十年間のマンション管理の実務のなかで、大勢として定着し、普及してきたということができる。

そもそも、この検討会が設けられたきっかけは、マンション管理の本来の当事者である区分所有者が高齢化し、管理にたずさわることが困難になった管理組合が増加しているという実態に対応して、その解決策を検討することであったはずである。

いうまでもなく、マンション管理組合の主人公は区分所有者である。そのマンション管理組合の連合組織・協議組織も各地に存在する。ところが、検討会の正委員には、肝心の管理の現場にいるマンション管理組合に関係するメンバーは一人もおらず、専門委員として加わったマンション管理組合関係者は、今年になって再開された会議のメンバーとしては招集されておらず、第9回までの審議で表明された関係者の意見もほとんど反映されていない。また、管理組合や理事会の実際の運営に実態や、それをうけてどう改善の援助をするかという検討もされず、「管理ルール」という形での「管理方式」という組織形態の検討に終始した。検討会の正委員は、これまでマンションの管理運営の分野の調査や検討などにはほとんどかかわってこなかったメンバーで占められ、「居住資産価値の最大化」という営利企業の運営を想起させるような、これまでとは全く違った理念をかかげて、検討内容をリードしてきたのが実態である。

標準管理規約は「参考」、指導方針ではない

今回提起されているのは、法律の改正ではなく、マンション管理運営の「参考」と位置づけられている標準管理規約の改正である。そもそも標準管理規約の性格・役割ということを考えてみると、それまでは原始管理規約を定める場合の「モデル=指針」であったものを、2004年の改正のさいにマンション管理組合が「規約を制定したり、変更したりするさいの参考」であると位置づけを変更したとされているものである。そうすると、改正案も参考であり、それを使ってマンション管理組合にたいして「これがあるべき姿だ」とか、「“標準”のように改めるべきだ」「外部専門家の活用をせよ」などと、どこかの行政機関が管理組合を指導するようなものではない。当然のことだが、マンション管理組合は、どの官庁からも監督されることにはなっていない。したがって、この標準管理規約を、みずからの管理組合にどう参考にするか、あるいはとくに参考にもしないかというようなことは、マンション管理組合が自主的に判断するという性格のものというべきである。今回の標準管理規約改正案は、その内容の点からも、手続きや提示の仕方からも、こういう基本的立場からはるかにかけ離れた、押しつけ的なものを感じざるをえない。

分譲価格を議決権割合と決めていいのか

その点では、指摘項目の柱とされている第1項目と第3項目だけでなく、全体としてもいろいろの問題点がある。

とくに問題になるのは第2項目である。ここでは、超高層マンションなどにおける分譲時の階層による価格差があることを反映して、分譲価格(価値割合)を基準にした「議決権割合」の問題が提起されている。しかし、この問題は単に「議決権割合」にとどまるのでなく、共用部分の「持分」とも連動せざるをえない。つまり、この問題は共有のあり方という所有権そのものについての民法の基本的考え方にかかわる問題なのである。現在の区分所有法では共用部分の持分は専有部分の面積比(ただし規約で他の決め方もできる)となっている。この場合は「専有部分の面積」という客観的基準がある。ところが高層階と低層階の価格差を考慮した「分譲時の価格比」(単純に価格比だけではないとの解説もされているが)によるとしたら、両者の価格比という将来変わり得るものを基準とすることになる。しかも、単純に価格比でもないケースが想定しうるとしたら、議決権割合というきわめて重要な権利の内容が、ひじょうに恣意的に決められることになりかねない。そのうえ、途中で基準が変化することは混乱を招くのでそれを分譲時に決めたら固定化するというのが「検討会」の考え方である。そうすると分譲時に用意された規約を購入者が承認するのが通例となっている現在の状況から言えば、規約に規定があっても区分所有者は受け入れるだけで変更しうる可能性はないことにならざるをえず、変更の可能性のない規定を「標準」だとして押しつけるという奇妙なことになる。

さらに報告書は、議決権割合は価値割合によるが、管理費、修繕積立金は「負荷」によるので、従来通り基本的に面積比でよいとしている。しかし、実際には管理業務や修繕における一戸ごとの「負荷」がどれだけかということの算出は単純ではなく、それを現在の標準管理規約では、一応常識的にみて妥当と考えられる面積比=価値割合に比例させて負担するのが合理的とされているにすぎない。それを、面積比と価値割合がイコールでなくなったばあいに、負担は面積比でよいとするのは、これまた更に慎重かつ全面的な検討を要する課題である。

こういう内容が、規約の制定や変更に当たっての「参考」の役割をもつにすぎない標準管理規約の検討の場で論ずることが適当かどうか極めて疑問である。つまり、本来これは、大きくいえば、憲法の私有財産権そのものにかかわる論議もありうる問題である。それを法律でさえない「参考としての」標準管理規約の改正の検討のなかで、方向を決めていくことが、果たしてよいといえるか。そうはいえないことは明らかである。特定分野の、初めから同じような意見の持ち主だけを集めておこなわれた「検討会」で検討されるような性格の問題ではなく、基本法としての民法の専門家などをふくめて広く構成されている、法制審議会のようなところで、何年もかけて慎重な検討をうけたうえで提起されるべき問題である。したがって、今回の「検討会」→標準管理規約の改正提案と言う過程そのものが不正常であると思わざるをえない。正式会議でいえば二年半の審議空白期間をおき、その間一部関係者のみで議事録の公表されない打ち合わせをつづけていたといわれている。このような不明朗な「検討会」は、審議未了のまま終了すべきである。標準管理規約の検討が仮にどうしても必要だとしても、あらためてマンション管理の現場に関わっている各分野の関係者や、マンション問題に精通している学者などをふくめ、総合的検討のできる「検討会」を再編成して、第一歩からやり直すのが本来の在り方である。国交省は従来の行きがかりを捨てて、この問題の扱い自体を根本的に検討されるよう、強く求めるものである。

Ⅱ 「外部専門家の活用」は、空論

われわれの基本的考え方、位置づけは上記のとおりである。そのうえで、パブリックコメントが求められるという状況のもとで、実際に大多数の管理組合の規約が標準管理規約に準拠しているという現状を考慮して、現在の「検討会」から出されている報告書の内容そのものにそくして、以下に見解をのべておく。

「資産価値の向上」に偏った考え方でよいか

今回、「検討会」が設置された最大の目的であると思われる「外部専門家の活用」の提案については、とくに問題点がきわめて多い。

「外部専門家の活用」について、報告書では三つのパターンが用意されている。一つは外部の専門家に理事(理事長)や監事に就任してもらう方式、二つ目は外部の専門家が「管理者」になるが、理事会は監視・監督役で存続する方式、そして三つ目は理事会を廃止して「管理者」を置き、「総会が管理者を監督する」形式である。

周知のように、管理組合において外部の専門家の活用は従来からなかったわけでなく、弁護士を顧問にして管理運営や特定の法的行為について判断や助言を受けるとか、一級建築士にアドバイザーなどの名目で日常的に建物の保全や修繕について助言を受けるなどの例は、これまでから行なわれてきた。また、管理会社(業者)への業務委託は「外部専門家の活用」という概念とはやや違うものだが、実質的には管理会社のフロントマンなどによる管理運営への助言・援助などが、総会や理事会での意思決定など実際の管理・運営に大きな影響をあたえているのが現実である。

今回の提起は、これらをすすめて、管理組合の機関に外部の専門家が正式に役職に就任して管理運営に参加するもので、これらも現在でも実例がないわけではない。この方式をとる場合に一番検討されなければならないのは、区分所有者(管理組合員)の自主的な方針決定が保障されているか、区分所有者の意思が実質的に反映されるかどうか、という点である。今回の報告書はその点に意を用いたかどうかがあまり明確ではなく、もっぱら運営が困難である状態をどう効率的に運営するのか、という組織の効率的執行、運営の見地からだけから検討されている。

それでも、一番目と二番目の管理方式は、曲がりなりにも理事会を存続させており、一応、日常的な合意形成の可能性を残しているので、マンション管理組合の状況によっては、管理のあり方の一つの形として必ずしも否定することはないと考えられる。

この三つの類型のなかでとくに問題なのが理事会を廃止する三番目のパターンである。報告書は従来の「第三者管理」という言い方を改めて、「外部管理者総会監督型」と名付けている。しかし、現在でも一般に形骸化の傾向があり、通常では一年に一回しか開かれない総会が、外部の専門家をどうやって「監督」できるのか。通常月に一回開かれる理事会でさえ、管理会社側の説明を理解するのがやっとというのが現状であるなかで、区分所有者自身についていえば、いかなる代表機関もなく、個々の区分所有者だけが存在するこの管理方式のなかで、監督が可能などというのは、まさに実態を見ない空論そのものであるといわなければならない。理事会が存在していれば、外部の専門家や管理会社と月一回などの話し合いの機会(理事会)があり、区分所有者にとって不都合な事態があれば、理事会などでの合意にもとづき管理組合の意思を決め、事態に対処する可能性もある。実際には監督できないのは「検討会」でも承知していて、そういうばあいは「外部監査」体制はどうかと言うのであるが、これも費用がその分余計にかかるだけである。さらに「監査」自体の適正かどうかの区分所有者の「監督」も必要になり、区分所有者の意思を反映するなどとは、とうていいいがたいのが実情であろう。

「外部の専門家」の適切な該当者はどこにもいない

われわれが「外部専門家の活用」方式が空論だというのは、検討会は「外部の専門家」と簡単にいうが、実際にマンション管理組合の管理を全面的に適正に担いうる専門家はどこにもほとんど存在しないことである。検討会は、専門家として「マンション管理士や管理業務主任者に加え、例えば、弁護士、税理士、司法書士、建築士、マンション管理会社OB、企業法務担当経験者など」とたくさんの対象者を挙げている。

しかし、弁護士、税理士、司法書士、建築士はその資格の範囲の業務能力は保障されているが、マンション管理のような専門分野の幅広さのある業務に対応できるのであろうか。また、対応できるかどうかという問題の以前に、その資格本来の業務を離れて、「管理者」の職につこうとする人は、まずいないといってよいであろう。管理業務主任者は、そもそも管理業者が受託した管理業務をおこなうさいにその企業のなかで業務を遂行するために求められている資格であって、立場的にも適性を欠く。マンション管理会社OBもほとんど同じ範囲の人を指すことになるが、不適切は同様である。だいたい、検討会は管理業者については利益追及が基本で、利益相反の側面があるから管理者的な地位につけない(これ自身は正論)といいながら、「外部の専門家の活用」の場合の「専門家」にはそれと同一の役割をもっている資格者を持ちだすのは矛盾である。「辞めて業務につくのだ」と弁解するかもしれないが、そもそもこの資格が管理会社の立場から業務をするための資格であることを想起すべきである。

また、マンション管理士は、「管理組合への助言」を目的として作られた資格で、管理そのものを担当することは想定されていない。そのうえ、それを担うことのできる能力の保持者はきわめて少数だと見られているのが実情である。さらに、マンション管理士も「業務」として利益を追及する側面があり、管理会社についてのべられている「利益相反」の問題が生ずることはさけられない。とくに管理者として管理組合を代表する地位につき、報酬をうける場合のことについていえば、誰と契約をすることになるのかという問題が生じざるをえない。このばあい、マンション管理士個人と、管理組合の代表者としてのマンション管理士という同一人の自己契約にならざるをえない!

つまり、「検討会」のいう活用すべき専門家は、挙げられている対象の資格の人びとはそれぞれに問題点があり、適正な対象者はどこにもほとんどいないことになる。「外部の専門家の活用」は、このように非現実的な提唱であり、空論だといわなければならない。

そうすると、専門家にさえ十分な管理ができないのに素人の理事会で何ができるのか、という反論が出ると思われる。しかし、素人の理事会でそれができるというのは、理事会が必要に応じて、それぞれの専門分野ごとに業務の発注や委任、相談などを行なっているからである。つまり、業務委託は管理会社におこなう、訴訟の必要があれば弁護士に依頼する、事案ごとに建築士に依頼する、工事会社をつかう、マンション管理士に相談するなど、あるいは専門職の人を顧問とするなど、外部専門家の活用はやる必要があり、また現実にもやっているが、それは検討会が「専門家の活用」でいうような一人あるいはごく少数の「専門家」が管理組合の役職に入る方法でなく、それ以外の方法で十分対応できるということである。

ここで、マンション管理組合の主人公、主権者は区分所有者であり、したがって運営方針を判断し、決定する主体は、その区分所有者であることを、あらためて強調しておきたい。検討会は議事録によると、審議のなかで、のちに詳述するが、区分所有者(の大多数)をあたかも判断能力に欠けた者(成年被後見人)であるかのような見方で、管理方法を論じている。しかし、専門家でない一般の多数の人びとの常識的な見解こそ尊重されなければならないのであって、一定の基本的な情報が提供されれば、そういう多数者の見解が正義に一番近いというのが、本当のところであろう。そもそも、そういう一般の主権者の判断にしたがうということが民主主義の前提であり、公職選挙もその前提のもとに行なわれているのであり、最近開始された裁判員制度も専門家の判断だけでなく、ずぶの素人による常識的な判断を尊重するというところに成立しているのである。

したがって、われわれは、こうした外部専門家活用の方式を「標準」の一つとしようとする標準管理規約の改正につよく反対する。

Ⅲ 「コミュニティの充実」は、マンション管理にとって必要条件

つぎは、報告書の三番目にあげられている「コミュニティ条項の削除」の問題である。報告書はマンション管理組合が財産管理団体であることから、直ちに管理組合がコミュニティ強化のための支出をすることが違法であるかのような説明をしているが、それは全く事実と違う。管理組合による自治会費の徴収についての判例は、任意団体である自治会と区分所有者全員による構成団体である管理組合とを峻別することをもとめている。しかし、管理組合自身が自らの方針としていわゆるコミュニティ活動に支出をおこなうことを禁止した判例など、どこにもない。それは、個々の管理組合が構成員の意思にしたがって自由に総会などで決定できる事項に属するからである。

管理組合は単なる財産団体ではない

管理組合が基本的に財産管理団体の性格をもっていることは、区分所有法が定めている通りであり、当然のことである。しかし、単なる財産管理団体ではないということが重要である。一般的にいうと、区分所有者が当該のマンションに住み、暮らしを営み、マンションの保全をはかりながら、互いの人間関係をつくりあげ、地域の共同社会をつくりあげているという特徴をもっている。この共同社会こそコミュニティであり、みずからの住む環境を、ハードもソフトもともに快適に保ちながら、マンションの建物、つまり財産の管理を行なっている。区分所有者自身の日常生活と財産管理とが一体となっているのであり、どこか生活とは別の場所にある財産を管理するわけではない。ハードとしての建物さえ維持されればよい、というわけにはいかないのである。

現にそのことは、区分所有法そのものが、ペット飼育の可否や居住以外の住宅使用の制限範囲などをはじめ、専有部分の使用による区分所有者相互間の生活上の指針を規約や使用細則で決めることを予定した条文をもっているところにも示されている。このように住生活の環境を整備するためには、建物の維持管理とともに、区分所有者(居住者)間の良好なコミュニティが不可欠なのは自明のことである。

それを報告書は、「マンションの管理とは関係ない、あるいは管理との関連性の薄い業務や活動に対し、例えば、マンションの合意形成の環境づくりといった理由から、管理費を支出できるという規約を総会で決議すれば、後に、その決議は違法無効であり、その規約は効力を有しないという司法判断をされ、違法な支出について管理組合の責任となり、返還を命じられるおそれがあり、一方、管理組合の役員等が、現行の規約の解釈運用で管理と関連性の薄い業務・活動に対する管理費からの支出を行えば、運用した役員等に違法な支出についての個人責任や損害賠償責任が生ずるおそれがあることに、区分所有者は十分留意する必要がある」などという「注意喚起」の文言を「標準管理規約コメント」に記載するようにと主張している。上でのべたように、マンション管理組合がコミュニティ関係の行事をおこなったり、費用を支出したからといって違法になる根拠などはどこにもなく、もちろん判例もないことはいうまでもない。

報告書が強調している「自由加入の自治会費の納入強制が行なわれている」という問題については、組織としての管理組合と自治会とが共存しているばあい、その区別を判例のしめす方向で対応すればいいだけのことである。実態としては、自治会がなく管理組合がその機能を果たし、市や区もそれを認めているケースも一定程度あり、そのばあいに管理組合が総会の決議などしかるべき手続きのもとにコミュニティ強化のための経費の支出をすることに法律上も判例上も何の差し障りもない。また、管理組合と自治会との関係は、自治会が存在しないばあいもふくめて、各地で多種多様の形態をとっており、それらを標準管理規約で一律に規制することは、もともと不適当なことである。

判例を無視した脅し文句で……

その点で、報告書がこの後に「注」をつけ、「標準管理規約は、法的拘束力はないが、多くの区分所有者の合意する範囲の『最大公約数』となるよう、社会通念上、容認される標準ルールを提示するものであることから、自治会費や自治会等の活動と管理費からの支出の適否について、現行の法令、裁判例、その他公的な組織の類似の規範等を前提として(所与として)標準的なモデルを提示している」云々とのべていることは、問題がある。ここでは「法的拘束力はない」ことは一応何とか認めてはいる。しかし、「法的拘束力ないが」の後は、あたかも実質的拘束力があるかのような説明をつらねている。これは現在国交省が「参考であってモデルではない」と説明している標準管理規約の性格とも明らかに違ったものであり、不適切である。

加えて、このさい明確にしておきたいのは、コミュニティ強化のための活動と言う概念は、夏祭りや餅つきなどの行事に限られるものではないということである。各地で管理組合がおこなっている防災訓練や共用部分の「いっせい清掃」や「草取り」の行事も、管理組合の業務そのものであり、その行事がコミュニティ強化に大いに役立っていることは、関係者が日頃感じているところである。さらに、管理組合自身の総会、理事会、各種専門委員会をはじめとする基本的な会議や業務そのものが、区分所有者相互の交流をふかめ、コミュニティをつくり、強化するとともに、管理組合そのものを強化しているのである。自治会活動だけがコミュニティ活動であるかのような誤った前提のもとに、管理組合を支える共同社会強化のための管理組合自身の諸活動をいっさい排除しようとする報告書の考え方は、管理組合活動そのものを弱める事態を導くものである。

なお、この問題が話題になっているさなか、総務省がコミュニティ活動の担い手としてのマンション管理組合の役割を認め、地域との連帯が防災活動などについて効果をもつことを強調、自治体の取り組む方向をしめす方針を提起した。そこでは、管理組合の合意によって、コミュニティ活動に着手するのを当然としている。われわれも、これが実態に合致した適切な対応だと考える。

Ⅳ その他の項目の問題点などについて

なお、これまでにのべてきた1~3項目のほかの論点(4~14)についても、問題点を中心にいくつか、のべておきたい。

1 総会での議決権の代理行使の範囲と白紙委任状の扱い

今回、議決権の代理行使の範囲について、一定の制限を設けたことは、無制限とした前回2011年の改正の行きすぎをあらためる点では評価するのにやぶさかではない。

しかし、そもそも(「参考」の位置づけであるとはいえ)「標準」の名を冠した管理規約において、厳格な制限を設けていたものが、一挙に「範囲は無制限」と改正されたと思ったら、次の改正の機会にまた、「大幅な制限が必要」の基準に戻るというのは、いったいどういうことだろうか。前回の「改正」が行きすぎであったことの反省も、お詫びもない。

この標準管理規約の改正のたびに、関係者はそれに合わせた管理組合での改正が望ましいと宣伝しており、真面目にその呼びかけに応じて改正していたら、そのたびにもっともらしい説明をして規約改正をおこなうことになるではないか。まさに「朝令暮改」の典型事例だといわなければならない。

マンション管理組合の目的が単なる財産管理の組織ではなく、当事者である区分所有者の居住環境の維持、発展に努めなければならない以上、第三者である弁護士やマンション管理士が委任状をもって総会に参加し、住民そっちのけの空中戦を展開するなどということのないよう、代理行使の範囲を制限するのは当然である。ただ、制限を配偶者と一親等以内の親族などと限定する必要はなく、同居人一般でよい。委任するのは区分所有者本人であるから、自分と意見をことにする受任者を選ぶ可能性は低く、その処理は当事者に任せればいいことである。また占有者(賃貸人等)に委任してよいかどうかの問題だが、これについては確かに利益相反の要素はあるものの、上述と同じで、もともと委任状は一律に誰かに委任するわけではなく、委任側に選択権があり、委任者が利益相反の場合がありうることを承知で委任するわけだから、これも容認して差し障りはないと考える。

区分所有法は管理者に年1回の「集会」での業務報告を義務付けている。また、業務方針の決定は「集会」(総会)によることを明確にしている。この「集会主義」は、その本来のあり方にそって、つまり集会(総会)での民主的な討議により物ごとを決めるように運営すれば、非常に望ましい効果を発揮すると思われる。現状では、総会は開かれているものの、形骸化しているのが実情であるのは、大変残念なことである。その点からいえば、議決権行使書の方が区分所有者の意思が現れて、委任状より優れているかのような見解(現行標準管理規約も)には疑問を持つ。委任状も委任者が自分の意思を表明してもらえる相手として受任者を選ぶのであり、また、現実の総会の場での討議の結果を受け、最終的な意思表明をするという点では、議決権行使書よりも委任状の方が、「集会主義」の観点に合致していると考えられる。

2 会計情報・管理情報の開示と滞納にたいする措置、

報告書は「マンション管理組合の財務や管理に関する情報がマンション市場に広く開示されることによって、マンションの購入を検討している第三者によっても管理の状況等がモニタリングされることとなり、それを通じて、役員による適正な業務執行の推進が図られ、財産管理の面での組合員の利益の増進につながることが期待される」と書いている。これは、生活の場であるマンションを「マンション市場」という面からあたかも株式市場と同じものであるかのようにとらえており、マンションを財産価値の一面だけから見るきわめて特異な見解である。そもそも管理組合においては、主権者である区分所有者自身が管理の状況をみずからチェックするのが基本である。「財務や管理に関する情報がマンション市場に広く開示される」とか、「管理の状況等が第三者によってもモニタリングされる」とかいう報告書の記述は、検討会のメンバーがマンション管理の実態について全く知らないことを示しているものにほかならない。だいたい、マンションの修繕業者の一部が、決算書を入手して営業活動に利用するとか、管理会社の一部がみずから担当している管理組合の経理状況を掌握している実態を利用して積立金の現状に応じた修繕工事の提案(実施)をしている実態を全く無視しているものである。しかも、「それを通じて、役員の適正な業務執行の推進が図られ、財務管理の面でも組合員の利益の増進につながる」という検討会の指摘は、「マンション市場」が管理組合の業務執行の可否をチェックできるかのような表現をしているが、全くの空論で、奇妙な考え方ではないか。

滞納した区分所有者が「財産調査に応じなければならない」というのは、驚くべき考え方だと思う。これもプライバシーが重視されている現在の社会状況を無視した見解であるといわざるをえない。

3 「駐車場の使用方法」など細部までの規約化が必要か

以下、第8項目の「駐車場の使用方法」から、第12項目の「緊急時における専有部分への立ち入り」までの項目が詳述されているが、ここまでの規約化が必要かどうかはきわめて疑問である。いまマンション管理センターが細則例としていろいろなものを出しているが、そのような参考資料として提供するという形で十分であると思われる。

こうした細部の基準まで標準管理規約の対象にして、どの方式がよいかということを一律に指導して規制する必要は何らない。マンション管理組合というのは戸数では2戸から数千戸まで存在し、使用方式、建築方式などから見ても多種多様である。それぞれの条件に応じて、管理組合自身がどのような規約、細則をもつか検討すればよい。こと細かく「こうすべきだ」と「標準」方式を押しつけるべきものではない。だいたい、管理方式の個所でも述べたが、検討会の委員が区分所有者をあたかも「無能力者」であるかのように考えているところに、細部までの規約化を考える理由があるように思われる。

検討会の第二回の議事録をみると、ある委員が区分所有者について「ほとんどの方が………言葉は悪いのですが、成年後見をされる被後見人というものに近いのかなという気がしております」とのべ、多くの委員がその趣旨に同調して討議をつづけている。さすがに見逃せないと思ったか省庁側から「同意できない」旨の発言があるが、それを否定してさらに委員の発言がつづくのである。つまり区分所有者の大部分は、正常な判断力を持っていないから「俺たちが基準をしめすから、それに従って業務は外部の専門家に指揮してもらえ」という考え方で、新たな管理方式、規約の「標準」をつくろうとしているのである。これは驚くべきことだ。そもそも例えば議員やその他の公務員が、この種の差別的発言をしたら、場合によっては資格を問われる事態になるし、すくなくともすぐ発言を取り消してお詫びをするものである。指摘を受けても、なお正当性を主張して議論をつづけるなどは論外である。

最後に、13番目と14番目の「予算成立までの支出」および「暴力団等の排除」については、現行標準管理規約やそのコメントでも一応対応できると考えるが、追加することに特段の異論はない。

以上


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