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諏訪2丁目住宅建替え報告会に60余名参加

江東区亀戸文化センター
管理組合役員などで満席になった諏訪2丁目建替え報告会=江東区亀戸文化センター

諏訪2丁目住宅建替え報告会が、10月1日、江東区亀戸文化センターで開かれました。

規模において全国一の大型建替えとして、メディアにも最近、報道されたこともあって、首都圏の管理組合役員など60名余の参加者があり、盛況でした。

建替組合理事長の加藤輝雄氏 (株)シティコンサルタンツ・山田尚之取締役、事業協力者の東京建物(株)の住宅事業第2部・神保健・再開発建替え推進室長の報告がされましたが、建替え合意に至る経緯、とくに建替え条件が変更になり、最大の危機だったリーマン・ショックをどう乗り越えたか、また新しくなるマンションのコンセプトについても、住民、地域が一体となって取り組むなど街づくりを重視した建替えであることを強調していました。

3氏への質疑応答も、建替えを計画している管理組合等から次々と出され、1時間近く続きました。

加藤 輝雄・諏訪2丁目住宅マンション建替組合理事長

加藤輝雄理事長
諏訪2丁目建替えの報告をする加藤輝雄理事長

加藤理事長は、9月27日から外壁解体工事が始まった諏訪2丁目住宅の近況と20年前から紆余曲折をへながらここまで至った建替え計画の経緯、事業の特徴等について1時間半にわたり、講演しました。

以下はその講演の要旨です。

1.いま、諏訪2丁目はどうなっているかー近況報告

団地の解体工事について、先週来、テレビ、新聞等のメディアに報道され、関心がもたれていますが、まず、建替えに至る経緯の前に、近況をお伝えしたい。

解体でコンクリートの山、がれきの山を見て、感慨深いものがありました。ここに40年余の住民の生活があったのだなと。

昨年、2010年3月28日に、建替え決議が成立しましたが、640世帯のうち92%の賛同を得ました。54世帯が未賛同でした。区分所有法では、棟別の賛否(区分所有者の3分の2)も求められていますが、23棟のうち3棟が100%でした。最低の賛成率は86%でした。総会では、賛成、賛成しない方を分けて、名前をボードに張り出して明示しました。54世帯の賛成しなかった方には、催告をしまして、最終的には6戸を残して、賛同をいただきました。その後、1戸は売却して出て行かれ、3戸は売り渡し請求に応じられました。残った2戸については、明け渡し請求訴訟を提起しました。

早めに細心の注意を払わなければならないのは、賃借人の問題ですね。建替え円滑化法にも規定がありますが、最終的には2名の賃借人が6月30日の明け渡し期日以降も、居座り続けましたが、裁判上で決着がついて、解体前に出て行ってもらいました。

住戸選びをじっくりと

建替え組合設立総会は、2010年12月23日に開かれましたが、設立準備委員会は、毎週のように開き、40数回にもなりました。

設立総会の前に、住戸選定、新しいマンションのどこに部屋を選ぶのか、その選定については、2、3カ月かけてやりました。アンケートを2,3回取りました、48㎡が還元率100%,それより狭い部屋は例えば、43㎡であれば、200万円の戻り金があります。最初、狭い部屋の希望が多いのではとみましたが、アンケートをとるたびに、広い部屋を希望する方が増えました。家族力が発揮されたというか、おばあさん、ひろい部屋を選びなさいよ、お金は私たちが出すからと子どもさんに言われたりして、5年先、10年先を見越した選択ですね。

どこの建替えも、住戸選定はもめるのですが、うちは、大半はトラブルもなくすみました。

640戸中、604戸が新しいマンションを選びました、90%以上が戻ってくるわけです。どこの建替えよりも、戻り率は高いと思います。

仮住まいへの引っ越しスムースに

建替えで、大変なのは仮住まいへの引っ越しです。2年半近い仮住まいになります。640戸の民族大移動です。実際には、400戸の住まい探しでしたが、住民でつくる仮住まい引っ越し委員会が中心に頑張って、昨年から今年5,6月までかかりました。東京都、多摩市、UR都市機構、都公社、そして民間の不動産協会に協力いただきました。官民一体となった引っ越し作戦でした。

引っ越しは、とにかくゴミが出る。市では扱えない金属ごみについては、金属業者と契約、進めました。

引っ越し先ですが、永山地区に空き家が200件近くありました。URなどに空き物件が多いということですね。物件さがしは、スムースにゆきましたが、それだけ多摩地区でスラム化が進んでいて、引っ越しがスムースにいったのは、スラム化の裏返しといえます。

6月30日までに、全戸明け渡しとなり、4戸の非賛同者、賃借人がおりましたが、期日までに引っ越していただきました。

7月23日に、41年間お世話になった建物に、ありがとうの意味を込めて、団地で感謝祭を開きました。団地の庭でやろうということで、近隣の方を含め500名ほどが集まりました。41年間の思い出のスライドを上映し、「元気で戻りましょう」と皆さんで言葉を交わしました。

建替え後のマンションですが、ハード面では、安全、環境、省エネ、を進めようと考えています。マンションの竣工は、2013年11月ですが、住民で委員会をつくって、共用施設、付帯施設の地域への開放など地域還元を計画してゆきます。

2.建替え検討の経緯、建替え事業の特徴と今後について

諏訪2丁目住宅は、1971年(昭和46年)入居です。5階建て、23棟、エレベーターはありません。640戸で、敷地は6.4ヘクタール。斜面林があり、敷地は広いが、斜面は使い勝手が悪いという側面がある。歴史をたどると、71年は、3・11で原発事故を起こした東電福島第一原発が稼働を始めた年でした。また、公害元年と言われ、沖縄返還の年でもありました。72年には、田中角栄の列島改造論が出ます。首都圏に人口急増が進み、多摩地区でも、乱開発からスプロール化が進むだろうと予測されました。多摩ニュータウンの開発に合わせ、新住宅市街地開発法ができ、それに基づいて開発が進められました。

しかし、ニュータウンは、陸の孤島でしたね。京王、小田急線は、まだ通っていませんでした。京王永山駅は、73年にできています。2年間、アクセスがなく、住民の自主運行でバスを通しました。道路も雨がふると、ぬかるみでした。諏訪2丁目住宅の分譲価格は、390万円、いまは2000万円位ですが。

住戸は、3DK,48・85㎡、全戸同じ間取りです。そんなことから、建替えへの合意は取りやすかったかもしれません。ニュータウンの実験住宅で、旧公団もかなり力を入れて開発しました。収納、台所の広さの面では、使い勝手が良かった。多摩市にも、日本の集合住宅の歴史を残すということで、玄関ドアなどできるだけ多くの資料を残そうと思っています。

居住者は、1300人、70歳以上が180人(2011年)と、総人口が減って、高齢者が増え、2,30年先は、相当きびしいとみられます。そういう状況で、マンションをこれ以上増やしてどうするのか、という否定的な見方もあります。平均年齢66歳です。建替えで戻って来てもらいたい、統計的には人口減になるが、それをどう変えるか、まちづくりにかかります。

積極的に呼び掛けて、若い人たちを呼び戻す。団塊ジュニアにも来てもらいたい。街を活性化させる。統計上の計算に対して、住民の力で変えていくのだということです。

築17年目に建替えの話が出る

1988年、入居17年目に建替えの話が出ています。はじめ、「建替え検討準備委員会」(有志の会)ですね。30歳代で入居して、17年たつと、こどもは高校生、大学生になる。こども部屋を持ちたいというのが建替え検討の動機です。ですが、建替えには法の壁があってできない。増築さえ当時は全員一致でした。

1団地認定の見直しへ

当時のニュータウンづくりは、都市計画上、一団地認定とされ、団地内では、集会所の建築もできなかった。そのころ、住宅・都市整備公団に建替えに関する調査を依頼しました。その結果、景気が右肩がりのときでしたので、等価交換方式なら、現状より1・5倍の広さが取れるということで、1991年の総会で、建替え検討のための建替え委員会設置が承認されました。これが、管理組合として建替えへの出溌点です。建替え計画から20年というのは、ここが出溌点だからです。

92年には、都に一団地の住宅施設の見直し陳情を住民の90%の賛成で出しました。ところが、多摩ニュータウン開発の根拠法である新住宅市街地開発法の網がかぶっており、建替えで法律変更するのは、10年早いと門前払いでした。50万都市を目指す多摩ニュータウンは失敗したのではなく、計画進行中だから、一切相手にしないいということでした。1994年に建設省に、都、多摩市と陳情しました。そのとき、優良建築物等整備事業の調査費を使ってみないか、また、一団地の住宅施設変更は必要である、と建設省から言われました。

都も多摩市もようやく動きだしました。

1995年に阪神淡路大震災が起きました。

2006年に、多摩市が諏訪地区の地区計画の都市計画決定をして、容積率150%を決めました。06年に3年をめどに建替え計画をつくるとして,旭化成ホームズ㈱に、コンサルタントを依頼しました。07年に、臨時総会を開き、諏訪2丁目住宅第3次建替え基本構想案の採択を決め、事業協力者を公募しました。

このとき、大学教授等に協力してもらって、12社の応募から、東京建物を選びました。また、大学教授、マンション管理士、地域NPOなど外部意見を入れるため、「まちづくりデザイン会議」をつくり、管理組合の役員も含め、建替え、まちづくりをどうするのか、毎週、喧々諤々の論議を重ねました。

リーマン・ショックにも揺るがず

08年にリーマン・ショックが起きました。東京建物が出してきた条件が遂行できないという状況になりました。事業撤退も懸念されましたが、設計のスリム化等を検討しました。団地内にも、にわか経済評論家が続出して、議論しましたね。こころ強かったのは、住民の「いいじゃないか、この条件でやろう」という声でした。20年近くやってきて、建替えについてのDNAが、しっかりできていたのかもしれませんね。

2010年3月28日の臨時総会で、92%の賛成、棟別で最低86%の賛成で、一括建替え決議が成立しました。

建替えで目指すもの

建替えの動機は、基本的には老朽化、狭さ、高齢化等ですが、建替えで多摩ニュータウンの7割を占めるこの地区の活性化を目指すことでしょうね。諏訪2丁目住宅は、敷地が広いこともあって、団地内を人々が通学、通院等で自由に行き来します。オープンスペースになっています。建替えでもこの方向は変えません。

街づくりは、住民が主人公になるということです。住民主体の街づくりを目指します。

建替えの全体計画

  • 計画地   多摩市諏訪2丁目2番、4番
  • 敷地面積  64、399、93㎡
  • 構造・規模 鉄筋コンクリート14階,11階 全7棟
  • 建築面積  20、407、60㎡
  • 延床面積  124,870,97㎡
  • 住戸数   1,249戸(うち地権者住戸565戸、一般分譲住戸684戸)
  • 間取り   43㎡・2LDK~95㎡・4LDK
  • 駐車場   駐車場856台、駐輪場2,592台 、バイク置き場91台

コンサルタントとして、住民合意の形成について尽力したシティコンサルタンツ・山田尚之取締役の講演要旨。

建替えで一番大事なのは、合意形成です。とくに、500戸を超える大規模な集団合意形成はむずかしい。建替えの場合、住戸という生活の場で、引っ越しもある、受験を控えるお子さんを抱えるなど、家族の中でも合意形成がむずかしい。諏訪の場合も、平均年齢65歳という高齢化、単身化、経済的格差も大きかった。しかし、一番経済的に厳しいひとに合わせて合意形成しなければならなかった。

別のマンションの経験では、一度合意が失敗したが、そこから住民が初めて真剣になって、合意形成に取り組み始めたケースがある。

建替えでは、賛成、反対が出るが、一番、大事なのは無関心層の存在。まだ、まだその時期じゃない、自分のことじゃない、という意識のひとたちです。そのひとたちを振り向かせることです。建替えでは、人間関係、コミュニティの再生がかぎとなる。そのために、23棟あるが、号棟単位で、建替え推進部会を立ち上げてもらった。号棟のほかに、全体を4つのブロックにわけ、徹底して話し合ってもらった。特に、女性が活躍した。出席率3割程度とかならずしも、よくなかったが、そこから合意形成へと踏み出せた。

デベロッパーとして、事業に協力する東京建物㈱ 住宅事業第2部 再開発建替え推進 室長  神保 健氏の講演要旨。

リーマン・ショックの前年、07年春にマンション・ミニバブルで建築費が5割上がった。デベロッパーとしては、10%の利益を見込むが、それが確保できない事態です。08年9月15日のリ-マン・ショックで、マンションの価格は2割下がり、採算はさらに悪化する見通しとなった。危機的だったが、還元率100%は、なんとか維持しようと頑張った。もちろん基本計画は、変更した。17階建てを14階に下げた。非常用エレベーターが、必要なくなるなどで建築費の削減になった、また、工期も短縮になり、建築費の負担を減らした。コストのかかる機械式駐車場を自走式に変えた。

建替え後のマンションの実施計画では、ひとつは環境と共生できる街を目指した。敷地内の7千㎡の斜面林を生かし、省エネの配慮、屋根に太陽光発電、LED照明などを取り入れた。コミュニティについては、共同菜園、地域のひとも利用できるコミュニティカフェ、ペット好きの人たちのためのドックラン施設等を整備する。また、多世代を支援する施設としてキッズルーム、保育所、高齢者支援施設、クリニック、健康広場などを組み込んだ。

マンションの管理は、現在は自主管理だが、委託管理に移行する。廊下が広くなり、付帯施設の整備など共用部分が大幅にふえるためだ。また、諏訪は以前から、どんど焼きなど自主イベントが活発だが、この特徴をいかすため、クリスマスディスプレイ、七夕飾りなど新しいイベントを開催する。住民同士、地域との交流を促す仕組みを、住民主体で進めてゆく。新しく分譲する684戸については販売の準備を始めたが、パンフに、「絆」をうたった。このコピーは、初めて、マンションでは、建替えではなく、まっさらなものを欲しがる傾向にあるが、震災後は、敷地が広い等の条件から、建替え物件に関心が強くなった、これも東日本大震災を受けて、意識が変わったとみている。


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